尼崎「かんなみ新地」の未来を考えてみる
弊所からは目と鼻の先にある尼崎市神田南通の一角、通称「かんなみ新地」と言われる「飲食店街」が、令和3年11月1日付で一斉に廃業したとの報道がなされました。この「廃業」という表現が、どういった性質のものなのかは実際のところ不明ですが、通常「飲食店」が廃業する際には「廃業届」を提出する必要がありますので、恐らくはこれが提出されたものと考えるのが妥当でしょう。
弊所は普段、行政書士事務所として「飲食店」や「風俗営業店」の手続きを数多くサポートしていますが、近くに居を構えながらも、この「かんなみ新地」とはまったく接点を持ったことがありませんでした。もちろん顧客として当地を訪れた経験もありません。
内情を知らずして公に物申すのは野暮な話しですし、もし行政書士として内情を知っていた上で物申したとすれば明らかな守秘義務違反になってしまうわけですから、ここはあくまでも「法」に則り「中立公平」な立場で色々と考察していきたいと思います。
なお、本稿を寄稿するにあたっては、「遵法精神と公共の福祉に則り、法の定めを逸脱しない限りにおいて行われる営業については存続を許されるべきである」という弊所のスタンスを、まずは明確にお伝えさせていただきたいと思います。
目 次
かんなみ新地とは
阪神電鉄「尼崎」と「出屋敷」のちょうど中間に位置し、日中に横を通ればただの長屋にしか見えない場所に「かんなみ街」は存在しています。所在地の「神田南通(かんだみなみどおり)」を略して「かんなみ」と呼ぶことからその名称が定着したものと推測されます。
表立って確認することができる情報の範囲内でお伝えすると、「かんなみ新地組合」に加盟する約30の小規模な「飲食店」が一角に軒を連ねて、こじんまりとした「街」を形成している場所が当地です。外観上、一般的に想起する歓楽街のイメージはあまりなく、土地勘がなければそれと気付かず通過してしまうくらいの雰囲気です。
かんなみ新地の実態
伝聞による情報は多くあるものの、なにせ実際に利用したことが無いので、実態を正確に把握することはもはやできません。ただ、兵庫県警より次のような警告がなされたことは事実ですので、これより先は、確認した事実に基づき、伝え聞いている情報を加味したものを前提として記述していきたいと思います。
警告の内容(要約)
- 飲食店の形態をとりながら、実態は女性従業員が、専ら性的サービスを提供する性風俗店であるという情報を得ている
- 所在する地域では店舗型性風俗特殊営業が全面的に禁止されている
- 違法営業を行っているのであれば直ちに中止するよう警告する
風営法の内容
まずは予備知識として、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下、風営法)において規定される「性風俗関連特殊営業」について解説いたします。
一般的に「風俗」といえば、多くの方がピンク系のお店をイメージされるのですが、実は法律上、キャバクラやホストクラブ、雀荘、パチンコ店、ゲームセンターといった店舗こそが「風俗営業」であって、ピンク系のお店については、この「風俗営業」ではなく、「性風俗関連特殊営業」という別グループとして区分されています。
まぁ実際のところ、一般層がこれらの違いを意識する必要はあまり無いような気もしますが、風営法を知る上では重要な区分になりますし、規制の内容もまったく異なってくるのでお伝えさせていただきました。
さて、この性風俗関連特殊営業についてですが、前述した風俗営業とは明確に区分されているほか、その営業内容により、さらに以下のように細かく区分がなされています。
店舗型性風俗特殊営業 | 1号 | 浴場業の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業(ソープランド) |
2号 | 個室を設け、個室において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業(店舗型ファッションヘルス) | |
3号 | 専ら性的好奇心をそそるため衣服を脱いだ人の姿態を見せる興行その他の善良の風俗又は少年の健全な育成に与える影響が著しい興行の用に供する興行場として政令で定めるものを経営する営業(個室ビデオ店、ストリップ劇場) | |
4号 | 専ら異性を同伴する客の宿泊(休憩を含む)の用に供する政令で定める施設(ラブホテル) | |
5号 | 専ら、性的好奇心をそそる写真、ビデオテープなどを販売し、又は貸し付ける営業(アダルトグッズショップ) | |
6号 | 店舗を設けて、専ら、面識のない異性との一時の性的好奇心を満たすための交際を希望する者に対し、店舗内においてその者が異性の姿態若しくはその画像を見てした面会の申込みをその異性に取り次ぐこと、又は店舗内に設けた個室若しくはこれに類する施設において異性と面会する機会を提供することにより異性を紹介する営業(出会い喫茶) | |
無店舗型性風俗特殊営業 | 1号 | 人の住居又は人の宿泊の用に供する施設において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業で、役務を行う者を、その客の依頼を受けて派遣することにより営むもの(デリバリーヘルス) |
2号 | 電話その他の国家公安委員会規則で定める方法による客の依頼を受けて、専ら性的好奇心をそそる写真などの物品を販売し、又は貸し付ける営業で、当該物品を配達し、又は配達させることにより営むもの(アダルトビデオなどの通信販売営業) | |
映像送信型性風俗特殊営業 | (省略) | |
電話異性紹介営業 | 店舗型電話異性紹介営業 | (省略) |
無店舗型電話異性紹介営業 | (省略) |
これらの営業は、条件をクリアした上で警察署に届け出ることによって営業が認められるものですが、当然ながら「売春」に該当する行為についてまで認められているわけではありません。
ちなみに警察はこれらの営業を「認めた」と表現されることを嫌い、「あくまで届出を受理しただけに過ぎない」という立場を貫いています。キャバクラでは「許可制」を採用しているのにも関わらず、性風俗関連特殊営業について「届出制」が採用されているのは、こういった事情を考慮してのことです。
売春とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。
(売春防止法第2条)
何人も、売春をし、又はその相手方となってはならない。
(売春防止法第3条)
警告の内容が事実であるとして、届出を行うことなく性的サービスを行っていたのであれば、やはりここは問題です。さすがに憲法上の「良心の自由」を持ち出して、「恋愛の自由の結果」と言い切ることも正直難しいのではないかと思います。
店舗型性風俗特殊営業の実情
じゃあ届け出たら良いんじゃない?万事解決!
こんな風に簡単にことは運びません。性風俗関連特殊営業、特に店舗型性風俗特殊営業は、営業することができる地域について、各自治体ごとに厳しい規制がなされています。かんなみ新地、そして弊所が所在する兵庫県についても、以下のように厳しい地域規制がなされています。
ご覧のとおり、兵庫県においては、ほぼ全域において店舗型性風俗特殊営業の営業が禁止されています。4号5号がわずかに認められてはいるものの、経験上、このハードルを突破することは至難の業です。したがって、現在点在するお店については、風営法が改正される前から既に営業を行っていた老舗のみです。
すなわち、かんなみ新地が「店舗型」の性風俗店として合法的に再開する道は、事実上存在しません。
かんなみ新地の進むべき未来
さて、長々と解説してきましたが、ただ谷底に突き落とすことはいたしません。かんなみ新地が合法的に存続しうる選択肢を、勝手ながらいくつか提案させていただくことにしました。関係者の皆さまにおかれましては気を悪くせず、検討の材料として参考にしていただければ幸いです。
飲食店として存続させる
パッと浮かんだのがこちらの選択肢です。そもそも飲食店として営業許可を取得していたのであれば、飲食店としての営業を貫くことが道理です。阪神沿線は私の「呑みスポット」でもあるので、私自身が常連となることも可能です。何にせよ70年も続く歴史ある「街」であることは事実なので、一杯飲みながらその辺りのこぼれ話しが聞けるのであれば、それはそれで新たな付加価値になるように思います。
ただし、令和3年6月より飲食店営業の基準が変わりました。厨房の手洗いの蛇口について、従来のハンドル式は使用することはできなくなり、レバー式やセンサー式のものでなければ許可が下りないようになりました。
一度廃業届を提出したのであれば、再開するためには新規で営業許可を取得する必要があります。その際にはこの新基準が適用されることになりますので、その点は十分にご注意ください。
風俗営業許可を取得する
こちらは「性風俗店でない方」の風俗営業になります。したがって性的サービスを提供することができなくなりますが、風俗営業の許可(1号営業)を取得することにより「接待」を提供することができるようになります。
ただ、「店舗型」の性風俗店ほどではないにしろ、それなりにハードルの高い地域制限が存在する上、現実面としても、店舗の広さが風俗営業にはやや不向きに見受けるところが憂慮される点ではあります。
民泊として利用する
コロナ禍の影響もあり、やや下火だった民泊ですが、最近は弊所にも観光業関連の問い合わせが増えつつあるので、大阪万博の開催に向けて業界も息を吹き返しつつあるように思います。特に住宅宿泊事業に該当する民泊については、床面積3.3㎡の居室から事業を始められるため、結構現実的な選択肢ではないかと思います。ただ、消防法関連の設備部分が少し気になるところでもあります。
無店舗型性風俗特殊営業を届け出る
最後は「無店舗型」性風俗特殊営業への転換という選択肢です。いわゆるデリヘルといわれる営業ですが、「営業所」は存在しないものの、居室を「事務所」や「待機所」として有効に利用することができます。この形態であれば、特に地域制限を受けることもなく、合法的に性的サービスを提供することができるようになります。
ただし、だからといって「事務所」をサービス提供場所とすることまでは認められていません。そんなことが可能であるならば、実質その営業は「店舗型」と何ら変わりありません。いずれにせよ、顧客の客層や前提となっている「かんなみ新地の実情」を鑑みて、最も現実的な選択肢であるように思います。
まとめ
冒頭に申し上げたとおり、弊所は「遵法精神と公共の福祉に則り、法の定めを逸脱しない限りにおいて行われる営業については存続を許されるべきである」というスタンスをもって業務に当たっています。これは「感情論」ではなく、私の「仕事感」によるものです。
風俗産業に対して嫌悪感を抱く層が存在することも理解していますし、実際にかんなみ新地を巡っては、近隣住民から不安の声があったことも事実でしょう。違法状態がまかり通っていたのであれば改善が図られるべきでしょうし、歴史的背景をもって今までは「お目こぼし」があったことも、時代とともにそうはいかなくなっていくのは当然の道理です。いずれにせよ何らかの方針転換は必要ですし、本稿が関係者の目に止まり、お役に立てるのであれば幸いです。
最後になりましたが、私は兵庫県民であること、尼崎市民であることに誇りを持っています。地域が健全化、活性化し、ますます発展することを祈念して本稿を結びたいと思います。