源氏名とは│由来は源氏物語?遊女の名前からホステス・ホストまで、歴史と決め方をひもとく

キャバクラのキャストやホスト、クラブのホステスが、お店で名乗る仕事用の名前を「源氏名」(げんじな)と呼ぶことは、多くの方がご存じだと思います。けれども、なぜ夜の街で使う名前に、平安時代の古典『源氏物語』の「源氏」という言葉がついているのか、その理由まで説明できる人は、意外と少ないのではないでしょうか。

源氏物語といえば、筆者の本名である「光」(ひかる)は、文学好きだった父が、源氏物語の主人公・光源氏にあやかって名づけたものです。きらびやかな宮廷で華やかな生涯を謳歌した貴公子の名を授かった息子は、名づけ親の期待とはおよそ真逆の人生を歩んでいるのですから、名前というものはつくづく不思議なものです。

そんな筆者が気になって調べてみると、源氏名の歴史は1000年近く前の宮中にまでさかのぼることが分かりました。もともとは、天皇に仕える女官たちに与えられた、由緒正しい呼び名だったのです。それが武家の奥女中へ、江戸の遊女へ、そして芸者からキャバレーのホステス、現代のキャバ嬢やホストへと、時代とともに受け継がれながら、少しずつ意味を変えてきました。

源氏名には、時代ごとの流行や、業種ごとのちょっとした傾向もあります。江戸の吉原には代々受け継がれた伝説の名前があり、昭和のキャバレーには人気を集めた定番の名前がありました。

本稿では、源氏名の由来から、遊女や芸舞妓の名前、明治以降の広がり、業種別の傾向、そして現代の源氏名は誰がどのように決めているのかまでを、肩の力を抜いてたどっていきます。

源氏名の由来は「源氏物語」

冒頭で触れたとおり、源氏名の「源氏」は、紫式部が書いた『源氏物語』のことです。源氏物語は、「桐壺」に始まり「夢浮橋」で終わる54帖(巻)からなる長編物語で、それぞれの帖には「夕顔」「若紫」「葵」といった美しい名前がつけられています。この帖の名前にちなんで、宮中に仕える女官たちにつけられた呼び名が、源氏名の始まりです。

宮中の女官たちは、本名ではなく、役職や仕える場所にちなんだ呼び名で呼ばれるのが習わしでした。源氏名もそうした呼び名の一つで、たとえば「早蕨(さわらび)典侍」や「榊(さかき)命婦」のように、帖の名前に女官の位を組み合わせて名乗ったといわれます。女官の位によっては、典侍や掌侍には漢字2字の名前を、命婦には1字の名前をつけると定めていた時期もあったようです。

やがて武士の時代になると、源氏名の風習は武家にも伝わり、将軍家や大名家に仕える奥女中たちが、「桐壺」「空蝉」「明石」といった源氏物語の帖名にちなむ名前を名乗るようになりました。高貴な家に仕える女性の品格を感じさせる呼び名として、源氏名は武家社会にも根づいていったのです。

ちなみに、昭和の夜の街でよく聞かれた「あけみ」と「みゆき」という名前のうち、どちらが「正統な」源氏名かといえば、答えは「みゆき」です。源氏物語の第29帖に「行幸(みゆき)」という巻があるため、みゆきは帖名そのものに由来する、まさに本家本元の源氏名ということになります。もっとも、主人公の名前をそのままもらった筆者の「光」が源氏名に数えられることはなく、こちらは本家どころか、看板倒れの本名にとどまっています。

遊女の名前と伝説の「高尾」

江戸時代に入ると、源氏名は遊郭の遊女たちにも使われるようになります。最初は源氏物語の帖名にちなんだ名前がつけられていましたが、やがて「高尾」「千早」「雪野」「千代鶴」のように、源氏物語とは関係のない名前も、まとめて源氏名と呼ばれるようになっていきました。こうした名前は、主に格の高い遊女につけられたといわれています。

源氏名の歴史を語るうえで欠かせないのが、江戸の新吉原の妓楼・三浦屋に抱えられた遊女「高尾」です。高尾は、京都・島原の吉野太夫と並び称される名妓の名前で、一人の遊女の名前ではなく、代々の遊女によって受け継がれた「名跡」(みょうせき)でした。歴代の高尾は7人とも11人ともいわれ、その正確な数は今も分かっていません。

歴代の高尾の中には、さまざまな伝説が残されています。仙台藩主の伊達綱宗に愛されたとされる「仙台高尾」や、姫路藩主の榊原政岑に身請けされたといわれる「榊原高尾」などは、のちに歌舞伎や浄瑠璃の題材にもなり、江戸の人々の間で語り継がれました。名前そのものが一つのブランドとなり、代々受け継がれていくという点で、高尾は源氏名の歴史の中でも特別な存在といえるでしょう。

一方で、格の高い遊女以外の女性たちは、源氏名とは別の名前を使っていました。幕府に公認されていない岡場所の女郎や芸者は、「おきぬ」のように、かな2文字の名前の頭に「お」をつける「おの字名」を名乗ることが多かったといいます。明治の作家・樋口一葉の『たけくらべ』にも「源氏名」という言葉が登場しており、遊郭の近くで暮らす人々にとって、源氏名は身近な言葉だったことがうかがえます。

芸妓・舞妓の名前

京都の花街で活躍する芸妓や舞妓も、本名とは別の名前でお座敷に上がっています。舞妓を目指す女性は、「置屋」(おきや)または「屋形」(やかた)と呼ばれる家に住み込み、「お母さん」と呼ばれる女将のもとで、舞や唄、礼儀作法、花街の言葉を身につけていきます。置屋は、いわば芸舞妓が所属するプロダクションのような存在です。

置屋での1年ほどの「仕込み」を終えると、舞妓としてお座敷に出る前に、約1か月の「見習い」の期間に入ります。この時期に、姉妹の盃を交わした先輩の芸妓、いわゆる「お姉さん」と一緒にお座敷に出て、お姉さんやお茶屋の女将たちに名前を覚えてもらいながら、仕事の作法を学んでいくのです。舞妓としての名前は、こうして花街の中に少しずつ浸透していきます。

花街では、たとえ一日でも早くデビューした人を、すべて「お姉さん」と呼ぶ決まりがあり、芸舞妓の世界全体が、デビュー順の姉妹関係で結ばれています。置屋の「お母さん」との擬似的な親子関係と、先輩たちとの擬似的な姉妹関係によって、花街という一つの大きな家族が形づくられているのです。芸舞妓の名前は、そうした家族の一員として迎え入れられた証でもあるといえるでしょう。

江戸時代の京都の芸子は、遊女と同じように源氏名を使うこともあったといわれています。宮中の女官や遊女の名前が「格」を表していたのに対し、花街の名前は、厳しい修業の中で結ばれる人と人とのつながりを映すものとして、何百年もの間、受け継がれてきたのです。

夜の街へ広がった源氏名

明治時代以降になると、源氏名はさらに広い意味で使われるようになります。遊女や芸者に限らず、カフェーの女給やキャバレーのホステスなど、いわゆる水商売で働く女性たちが店で名乗る名前は、すべて源氏名と呼ばれるようになりました。中には「サリー」のように、カタカナの洋風の名前まで源氏名と呼ばれる例も現れます。

この時代の大きな変化は、源氏名を自分で決める人が現れたことです。宮中の源氏名は位に応じて与えられるもの、遊女の源氏名は妓楼がつけるものでした。それが近代になると、働く女性が自ら好きな名前を選ぶようになり、源氏名は「与えられる名前」から「自分で選ぶ名前」へと、その性格を大きく変えていったのです。

昭和に入ると、時代ごとに流行の源氏名も生まれていきます。昭和7年(1932年)には作曲家の古賀政男が手がけた『あけみの歌』が発表されており、「あけみ」は昭和の源氏名の代表格として語られることがあります。また、最盛期には東京を中心に28店舗を展開し、2000人のホステスを抱えたキャバレーチェーンの経営者の回想によれば、キャバレー全盛期のホステスの源氏名で人気ナンバーワンだったのは「ユカ」だったといいます。

こうして源氏名は、宮中の女官から武家の奥女中、遊女、芸者、そしてホステスへと、およそ1000年の時をかけて、身分の高い女性の呼び名から、夜の街で働く人々の名前へと姿を変えてきました。本来の意味からは大きく離れたように見えますが、「本名とは別の、仕事のための名前」という本質は、平安の宮中から今日まで変わっていないのです。

業種別に見る源氏名の傾向

現代の業種ごとの傾向を見ていくと、意外なのが銀座のクラブです。銀座のホステスには、源氏名ではなく本名で働く人が多いといわれています。銀座のクラブでは、ホステスがお客さんの会社に贈り物や手紙を送ることも多いため、源氏名を使う場合でも、いかにも水商売らしい名前は避けたほうがよいとされているのです。お客さんと長い付き合いを築いていく高級クラブならではの、名前の考え方といえるでしょう。

キャバクラでは、かつて呼びやすさを重視して2文字の名前がよいとされた時代もあったようですが、現在では特に決まったルールはなく、自由に選ばれています。地域によっては、下の名前だけでなく苗字までセットで決めるのが通例となっている店もあります。一方、同じ夜のお店でも、ガールズバーでは苗字のない源氏名を使う人のほうが多いといわれています。

ホストクラブでは、新人のうちは名前だけを名乗り、役職に就くと苗字をつけてフルネームにするという傾向があるといわれます。フルネームにすることで肩書きのような重みが出るため、風格を高める目的で苗字をつけるのです。名前の由来もさまざまで、漫画やアニメのキャラクターから取る人もいれば、憧れの先輩ホストの名前から一字をもらう人もいますし、名前の真ん中に「☆」を入れるホストも少なくないといいます。

ホストにとって、源氏名は一人ひとりの個性を表す「看板」そのものです。代々の遊女が名乗った「高尾」のように、名前に価値が宿るという点で、ホストの源氏名は江戸の名跡に通じるものがあるといえるかもしれません。

源氏名は誰が決めるのか

現代のキャバクラなどでは、源氏名は基本的に本人の自己申告で決められます。自分の好きな名前を選ぶ人もいれば、いくつかの候補の中から、友人や店のスタッフに自分に合う名前を選んでもらう人もいて、決め方は人それぞれです。ホストクラブでは、本人が決めることが多い一方で、店側が名前を決める場合もあるといいます。

ただし、客が指名する際に混乱が生じないよう、店の中では源氏名が重ならないように調整されています。同じ名前でなくても、在籍しているキャストとそっくりな名前をつけると「真似された」と反感を買うおそれもあるため、入店前に店のキャスト一覧を確かめておく人もいます。

元キャストの体験談によると、同じ店で働くキャスト同士でも、互いの本名を知らないことが珍しくなく、本名を尋ねないのが暗黙の了解になっているといいます。源氏名は、仕事とプライベートを切り分け、ストーカー被害などから自分の身を守るための大切な仕組みでもあるのです。

おわりに

平安時代の宮中で女官たちに与えられた源氏物語ゆかりの名前は、武家の奥女中、江戸の遊女、京都の芸舞妓、カフェーの女給やキャバレーのホステスへと受け継がれ、今ではキャバクラやホストクラブで働く人々の名前として、夜の街に息づいています。1000年近い時を経て、名前の顔ぶれは大きく変わりましたが、「本名とは別の、仕事のための名前」という本質は変わっていません。

源氏名の歴史を振り返ると、名前がそれぞれの時代の価値観を映す鏡であることにも気づかされます。宮中では位を表し、遊郭では格や名跡を表し、花街では人と人とのつながりを表し、現代では個性や看板を表す。同じ「源氏名」という言葉の中に、日本の社会や文化の移り変わりが凝縮されているのです。

名前には、名づけた人の願いが込められるものです。筆者の父は、息子が光源氏のように華やかな人生を歩むことを願ったのかもしれませんが、その願いは今のところ、風営法の条文と向き合う地道な毎日へと形を変えています。それでも、夜の街で働く人々の名前の歴史をこうして書き記すことになったのですから、源氏物語との縁は、意外なところでつながっていたといえるのかもしれません。

次に夜の街で誰かの名刺を受け取ったときには、その名前の由来や、名前に込められた思いを、少しだけ想像してみてください。名刺に刷られた一つの名前の向こうには、自分らしさを模索しながら名前を選んだ一人の人がいて、その人がまた、1000年の歴史の続きを紡いでいるのです。

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